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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)1693号 判決

原告

幸田吉沢こと辛吉沢

被告

株式会社大西屋酒店

主文

一  被告は、原告に対し、金一九〇万六三七九円及びこれに対する昭和五七年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一五六一万一九一八円及びこれに対する昭和五七年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五七年一二月二九日午後四時三〇分ころ、名古屋市港区須成町二の一〇先交差点(以下「本件交差点」という。)において、訴外岩井由樹(以下「訴外岩井」という。)運転の普通貨物自動車(以下「被告車」という。)が南から東へ右折しようとして進行したところ、北から東へ左折しようとして進行してきた原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)の右側面後部と被告車の左前部角とが接触した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

本件事故は、被告の被用者である訴外岩井が被告の業務を執行中、前方注視を怠つた過失により発生させたものであるから、被告は、自動車損害賠償保障法三条及び民法七一五条に基づき、損害賠償責任を負う。

3  傷害及び治療経過

原告は、本件事故により、頭部挫傷、腰部・背部打撲傷等の傷害を負い、昭和五七年一二月三一日から昭和五八年一月二四日まで名古屋市南区の大同病院に通院し、同月二七日から同月三一日まで同区の笠寺病院に通院し、同年二月一日から同年六月七日まで同病院に入院し、その後も昭和六一年四月三〇日まで同病院に通院して治療を受け、同日症状が固定し、傷害等級一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)の後遺障害が残つた。

4  損害

(一) 休業損害 一〇六五万四二八〇円

原告は、本件事故当時、大成輸送株式会社に勤務し、事故前三か月間に一日あたり一万一七〇八円の収入を得ていたが、本件事故により九一〇日間働くことができなかつた。

(二) 入院雑費 八万八九〇〇円

一日あたり七〇〇円、一二七日間入院

(三) 通院交通費 一万五四〇〇円

大同病院へのタクシー代として一回往復二二〇〇円、七回分

(四) コルセツト代 一万五五〇〇円

(五) 入通院慰謝料 二〇〇万円

入院一二七日、通院期間合計四〇か月

(六) 後遺障害慰謝料 一四八万円

障害等級一二級一二号

(七) 逸失利益 八七二万二九〇五円

(1) 年収 四二七万三四二〇円(一日あたり一万一七〇八円、三六五日分)

(2) 就労可能年数 二二年(四五歳から六七歳まで)

(3) 喪失率 一四パーセント

(4) 計算式

4,273,420×0.14×14.58=8,722,905

(八) 原告車修理代 一六万八三二〇円

(九) 弁護士費用 一五〇万円

(一〇) 合計 二四六四万五三〇五円

5  損益相殺

(一) 自賠責保険給付 一二〇万円

(二) 労災保険給付 七八三万三三八七円

(三) 合計 九〇三万三三八七円

よつて、原告は、被告に対し、本件事故による損害賠償として、前記4(一〇)の金額から5(三)の金額を控除した残額一五六一万一九一八円及びこれに対する事故の日である昭和五七年一二月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、本件事故は、被告の被用者である訴外岩井が被告の業務を執行中に発生させたものであることは認めるが、訴外岩井に過失があることは争う。すなわち、本件事故は、被告車が本件交差点を右折し、東西の二車線あるうちの中央寄り車線を進行したところ、左側車線後方から被告車を追い抜くようにして中央寄り車線に出ようとした原告車が接触してきたものであり、原告の無謀運転が原因で発生したものである。

3  同3の事実は不知。なお、本件事故は、当初は単なる物損事故として処理された程度の軽微な事故である。また、原告は、昭和五六年一月二三日以降、別の交通事故の被害者として名古屋市南区の坪井整形外科に通院し、本件事故当時も治療を受けており、昭和五八年一月三一日までの間休業補償を得ている。したがつて、本件事故と原告主張の傷害及び治療との相当因果関係を争う。

4  同4の事実は不知。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁

本件交差点は、T字形の交差点が二つ組み合わさつた状態の変則十字路であるところ、本件事故態様は前記請求原因に対する認否2で述べたとおりであるから、原告の損害について九割以上の過失相殺をすべきである。なお、本件交差点は道路交通法三七条の左折車優先の規定の適用を受けない交差点である。

四  抗弁に対する認否

原告に過失があることは争う。

本件交差点は、変則ではあるが十字路交差点であり、被告車は、道路交通法三七条の「車両等は、交差点で右折する場合において、当該交差点において直進し、又は左折しようとする車両等があるときは、当該車両等の進路妨害をしてはならない。」との規定に違反しており、これが本件事故発生の原因である。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  同2(責任原因)のうち、被告の被用者である訴外岩井が被告の業務を執行中に本件事故を発生させたことは当事者間に争いがない。

そして、原本の存在並びに成立に争いのない甲第二号証の一ないし四及び証人岩井由樹の証言によれば、訴外岩井は、本件交差点に進入して右折する際、右方の横断歩道にばかり気をとられ、左前方の交通の安全確認を怠つた過失があることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法三条及び民法七一五条に基づき、損害賠償責任を負う。

三  同3(障害及び治療経過)について判断する。

1  成立に争いのない甲第五号証の一ないし一一、第七号証、第八号証、第一七号証の一ないし六、原本の存在並びに成立に争いのない甲第二号証の五、第四号証の一ないし五、第九号証、第一〇号証の一、二、鑑定の結果及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件事故により、頭部挫傷、腰部・背部打撲傷等の傷害を負い、主として腰部打撲傷及びこれに起因する腰椎々間狭窄症の治療のため、昭和五七年一二月三一日から昭和五八年一月二四日まで名古屋市南区の大同病院に通院し、同月二七日から同月三一日まで同区の笠寺病院に通院し、同年二月一日から同年六月七日まで一二七日間同病院に入院し、その後も昭和六〇年二月二八日まで同病院に通院したが、同日症状が固定し、障害等級一二級一二号の後遺障害が残つたことが認められる。

2  原告は、昭和六一年四月三〇日まで治療を受け、同日症状が固定した旨主張するが、これを認めるに足りる診断書等の証拠はない。

3  他方、被告は、本件事故と原告主張の傷害との相当因果関係を争うが、以下のとおり、被告の主張を採用することはできない。

(一)  前掲甲第二号証の五、第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により特に腰部を強く打撲したこと、事故当日はそれほど大した負傷とは思わなかつたが、翌日から腰部の痛みが増大し、翌々日から大同病院への通院を開始したこと、同病院で入院を勧められたが、自宅に近い笠寺病院へ転医したことが認められ、昭和五八年二月一日から同年六月七日まで同病院に入院したことは前認定のとおりである。

(二)  原本の存在並びに成立に争いのない甲第一三号証、成立に争いのない甲第一四号証、証人坪井弘光の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故以前の昭和五六年一月二三日に追突事故に遭い、頸部挫傷等の傷害を負い、本件事故当時も坪井整形外科に通院して治療を受けていたこと、原告は、本件事故後、大同病院に通院して、主として腰部の傷害について治療を受け、坪井整形外科においては、傷害の部位が異なるため、特に腰部についての治療を受けておらず、同外科における原告の診療録にも腰部について治療をした旨の記載がないことが認められる。

(三)  なお、成立に争いのない甲第一五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故以前の追突事故による損害賠償として昭和五八年一月分までの休業補償を得ていることが認められるが、この点は、後記休業損害の算定に際して考慮すべき事柄ではあるが、本件事故と原告主張の傷害との相当因果関係を否定する根拠とはならない。

(四)  そうすると、本件事故当初物損事故扱いされたことや、坪井整形外科において本件事故以前の追突事故による頸部挫傷等の治療を受けていたことをもつて、本件事故と原告主張の傷害との相当因果関係を否定することはできないし、他に前記1の認定を覆すに足りる証拠もない。

四  請求原因4(損害)について判断する。

1  休業損害

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証、第一八号証の一ないし三、成立に争いのない甲第六号証の一ないし一〇、前掲甲第五号証の一ないし一一、第一七号証の一ないし六及び同尋問結果並びに前認定の傷害及び入通院治療の経過を総合して判断すると、原告は、本件事故により前記傷害を負い、事故後昭和六〇年二月二八日まで休業を余儀なくされたこと、事故当時の収入は、一日あたり少なくとも原告主張の一万一七〇八円を得ていたこと、昭和五八年一月分の休業損害については、本件事故以前の追突事故の加害者から賠償を受けていることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告が被告に対して請求しうる休業損害は、昭和五八年二月一日から昭和六〇年二月二八日までの七五九日分合計八八八万六三七二円となる。

2  入院雑費

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による損害として、前記笠寺病院に入院中、一日あたり七〇〇円、一二七日間合計八万八九〇〇円の雑費を要したことが認められる。

3  通院交通費

前掲甲第九号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による損害として、大同病院へのタクシー代一回往復二二〇〇円、七回分合計一万五四〇〇円を要したことが認められる。

4  コルセツト代

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、前記傷害の治療のため、腰部に装着するコルセット代として一万五五〇〇円を要したことが認められる。

5  入通院慰謝料

前記傷害の内容、程度、入通院治療の経過等を考慮すると、入通院慰謝料は二〇〇万円が相当と認める。

6  後遺傷害慰謝料

前記後遺障害の内容、程度(自賠責保険障害等級一二級一二号に該当)等を考慮すると、後遺障害慰謝料は一六〇万円が相当と認める。

7  逸失利益

前記傷害及び後遺障害の内容、程度に照らすと、原告が本件事故により被つた主たる傷害は腰部打撲傷であり、残存する症状も局部における頑固な神経症状であるから、労働能力喪失率は一四パーセント、喪失期間はせいぜい五年であると判断される。

そこで、前認定の原告の収入日額一万一七〇八円を基礎とし、新ホフマン式計算法により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり二六一万〇八八八円となる。

11,708×365×0.14×4,364=2,610,888

8  原告車修理代

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一六号証及び同尋問結果によれば、原告は、本件事故により原告車を破損され、修理代として一六万八三二〇円を要したことが認められる。

9  以上合計 一五三八万五三八〇円

五  そこで、抗弁について判断する。

前掲甲第二号証の二の実況見分調書添付の図面及び写真によれば、本件交差点は、変則ではあるが十字路交差点であり、道路交通法三七条の規定に照らし、左折車である原告車が対抗右折車である被告車に対し一応優先関係にあることが認められる。

また、前認定のとおり、訴外岩井は、本件交差点に進入して右折する際、右方の横断歩道にばかり気をとられ、左前方の交通の安全確認を怠つたものであるから、その過失の程度は大きいといわざるをえない。

しかし、他方、前掲甲第二号証の一ないし四、証人岩井由樹の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告車は、本件交差点から発進し、東へと左折する際、東西方向道路二車線のうち歩道寄り車線には交差点東側の横断歩道を越えた位置に一台駐車車両があつたため、中央寄り車線に進入したものであるが、被告車の事故直前の速度が時速一〇キロメートル程度の徐行状態であつたのに対し、原告車のそれは時速二〇キロメートルを超えるものであつたこと、本件事故は、右横断歩道の西側の交差点内の事故であり、原告車の右側面後部と被告車の左前部角とが接触したものであるが、接触後は、被告車がわずかに一・六メートル移動しただけで停車しているのに対し、原告車は、被告車と接触後、原告車の進行方向に一一・二メートルも走行し、右横断歩道を越えて停車していることが認められる。

右の事実にかんがみると、原告車は、徐行しながら右折しようとしていた被告車の前面をやや強引に通り抜けて東西方向道路の中央寄り車線にかなり速い速度で進入しようとしたため被告車と接触したものであると認められるので、本件交差点における前記の優先関係があるとしても、原告には安全運転義務を怠つた過失があるというべきである。

以上の本件事故態様、原告及び訴外岩井の過失の内容、程度等諸般の事情を斟酌すると、原告の被つた損害について三割の過失相殺をするのが相当である。

六  賠償額の認定

1  前記四9の損害額一五三八万五三八〇円について三割の過失相殺をすると、残額は一〇七六万九七六六円となる。

2  原告が自賠責保険から一二〇万円、労災保険から七八三万三三八七円の給付を受けたことは当事者間に争いがないから、右合計九〇三万三三八七円を損益相殺すると、残額は一七三万六三七九円となる(なお、右労災保険給付額は、前記四1休業損害及び7逸失利益の合計額一一四九万七二六〇円から三割過失相殺をした八〇四万八〇八二円の範囲内であるから、全額損益相殺して差し支えない。)。

3  本件事案の性質、審理の経過、認容額等にかんがみると、本件事故と相当因果関係ある損害として被告に賠償を求めうる弁護士費用は一七万円が相当と認める。

4  以上合計 一九〇万六三七九円

七  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、右金一九〇万六三七九円及びこれに対する事故の日である昭和五七年一二月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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